遅くなりましたが6月21日の日本語教室の報告です。
この日も教室内は賑やかでした。百人一首が人気で、またやりたいというリクエストもありました。
そしてこの日は「父の日」でしたので、クルドのこどもたちがお父さんの絵を描いてくれました。〈一生懸命家族のために頑張ってるお父さんが大好きです。Spas babo(おとうさん、ありがとう)〉
ボランティアに参加してくださった大学生の感想を紹介します。
私は、小学生の女の子2人の宿題を見た。私はこれまで、クルド人をはじめとする外国にルーツを持つ子どもたちと関わる機会がほとんどなかったため、彼らは日本人の子どもたちとは異なる教育を受けているのではないかと考えていた。しかし実際には、日本の学校で私たちと同じように学習しており、内容も十分に理解していた。その姿を見て、自分が抱いていた先入観に気づかされた。
また、初めて参加した私でも彼女たちと自然に会話をすることができ、すぐに打ち解けることができた。関わっているうちに、相手がクルド人であることを意識することはほとんどなくなり、同じ地域で暮らす子どもたちとして接することができた。
現在、日本ではクルド人を含む外国人に対する排斥的な言動が見られることがある。しかし今回の経験を通して、実際に交流してみることの重要性を強く感じた。報道やインターネット上の情報だけでは分からない一人ひとりの姿があり、直接関わることで、私たちと変わらない部分が多いことに気づくことができる。異なる背景を持つ人々への理解を深めるためにも、まずは実際に接してみることが大切なのではないかと感じた。
東京大学K.M.
クルド人だけでなく、我々のことも温かく迎えてくださった、在日クルド人と共にの方々に感謝申し上げます。おかげさまで、日本という異国の地に住むクルド人の方々と直接関わるという貴重な経験をすることができました。
私は小学校低学年の子何人かと関わりましたが、その関わり方はなかなか難しいものでした。というのもやはり言語の壁を感じるのです。私が普段関わる外国人は、ほとんどが英語をなんとなく理解し、言いたいことのかけらくらいはお互いわかります。しかし、今回喋った子たちはの話す言葉は、全く理解できる部分がなく、特に仲の良い子たちで話し始めた時の私の疎外感は今まで感じたことのないものでした。この状況が小学校でも起こっていると考えると、その中で距離ができてしまうのも分からなくもありません。
しかし、一方的に日本語を押し付け、母語から矯正させようとするのも違うと感じ、クルド人が自発的に日本人と関わりたい、日本語を学びたいと思ってくれるような環境を整えられると良いのかなとも思ったりしました。
この教室ではそのような子たちも含めて、日本語が自然に使えるように努力しようとしており、大変な道のりを進もうとしている姿が見られました。
東京大学S.F.



